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創立100周年を迎える向かえる相鉄の歴史

投稿日:2017年11月20日 更新日:

相模鉄道といえば、地域密着型の鉄道会社です。
テレビや映画のロケーションにもよく協力しているので、地方の方でもたびたび見かけているという人も多いかもしれませんね。実は、私、谷尾和昭も毎日利用してる路線です。
その相鉄が、いよいよ今年で創立100周年を迎えました。

そのもととなったのが、相模鉄道ともうひとつ、神中軌道という2つの鉄道会社でした。両社は、いずれも相模川の砂利を輸送することを目的として、同じ1917年に創立されています。
相模鉄道は、4年後に茅ヶ崎-寒川間を開通。そこから10年かけて、橋本駅までを全通します。

一方、神中軌道は創立の翌々年に神中鉄道と名称を変更。その7年後に、二俣川-厚木間を開通します。
そして1933年。寒川から厚木駅に乗り入れた相模鉄道と神中鉄道が接続。

太平洋戦争をきっかけに、1943年には相模線が神中鉄道を吸収する形で、両社は合併することになります。
この時点ですでに、相鉄は61.8kmの路線を持つ大手鉄道会社となっていました。

しかし戦況が悪化するなか、翌1944年、もともと相鉄の路線だった茅ヶ崎-橋本間35.3kmが、運輸通信省によって国有化されてしまいます。これは、戦後の流れでそのまま、現在のJR相模線となっています。

一方、残された神中線26.5kmが、現在の相鉄線の路線となっていくわけです。
戦後は、横浜駅西口の土地などを積極的に購入。それによって、1951年から1974年までの複線化をスムーズに進めていきます。

1976年には、宅地開発による都市構想と合わせて、いずみ野線を開業。
1990年に、いずみ中央駅まで区間を延ばしたことが認められ、ついに全国16社の大手民鉄に仲間入りを果たします。
現在では、大手民鉄としてはもっとも営業距離が短く、もっとも社員が少ない鉄道会社となっています。

相鉄はこのように、100年間にわたって鉄道事業を進めるとともに、沿線と横浜駅西口の街の歴史を作ってきました。
今後はさらなる100年先を見すえ、JR線と東急線との相互直通による東京都心への乗り入れなど、大きなプロジェクトも進めていくそうです。

鉄道ファンとしても、相鉄のますますの活躍から目が離せそうにないですね。

20000系

いずみ野線

横浜駅西口

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